自転車にハマったきっかけ 最終章
「箱根いこうよ」
と師匠。
「は?」
箱根といえば、小学校の時に小湧園になんたら旅行(修学旅行?林間学校??忘れた)できたり、車でしか行った事の無い場所。
しかし、唯一わかるのは、非常に遠い場所であるという事。
自転車で行くなどと当時の自分には思いもつかない。
「輪行で」
「輪行?」
「電車に乗っけていくアレ」
「ああ、あれですか」
なんとなくそういう事が出来るくらいは知っていた。
「輪行袋は貸してあげるから」
「そうですか。いいですよ」
「じゃあ今度の土曜日に」
そう軽く約束してしまった。
そして土曜日。
駅前で自転車を分解。やり方なんか全然知らんかったので、パッキングはやり方見せてもらっていた。
MTBはママチャリより軽いとはいえ、12kgほど。かついで上がるには結構重かったけど、どうしようもない程でもなかった。
その当時は、まだ手荷物としての料金は必要だったので、自分+自転車分の料金で東海道線に乗る。
自転車が電車に乗るという違和感が楽しい。
電車が藤沢を越えてくると、一気に車窓が変わってくる。遠くに山が見え出してきて、ワクテカ感が止まらない。この先に待ち受けている事も知らずに・・・・
小田原で自転車を組み立てて走り出す。
そもそも、小田原なんか、電車か車でしか通過したことしかなかった所に、自分の自転車と一緒にいるという事が不思議で不思議でしょうがなかった。
1号を進んで行くと、眼前に箱根の連なりが見え出してくる。
しかし、その時点でもまだ「峠に登る」なんて気づかずにひたすら着いていくだけ。
箱根湯本駅近くの三枚橋というところで左折。旧東海道に進む。
50mくらい進んでコーナーを右に曲がった時、目の前に坂。
しかも結構な坂。
当時は、自転車で坂を登る事はあっても、わざわざ好き好んで坂なんか行こうとか思いもしなかった。
そんな自分が、延々と伸びる坂を登り始める。
もう昔すぎて当時の心境とか正直ほとんど覚えてない。
ただ、苦しかった事だけは確かだったと思う。苦しくない訳がない。
それでも、とにかく登ってた。
今思い返しても、あんまり登ってる時の記憶がない。キツすぎて記憶が飛んでるのかもしれない。
とにかく書く事といえば、とにかく登って一度も足を付く事なく芦ノ湖まで走りきった事だけ。
達成感とか芦ノ湖で何をしたかとか、正直全然憶えてない。
記憶的には、帰りの下りにまで飛ぶ。
その下りがまた凄い。
師匠の後ろにくっついて下ってたけど、物凄いかつてないスピードで下る。サイコンみたら60kmとかになってて、目からは勝手に涙が出てる状態。
とにかく初心者にあのスピードは無いだろってくらいのスピード。
三枚橋あたりまで降りてきてから、そのまんま小田原駅まで直行。
そこで自転車バラして輪行で帰る。
帰りの東海道線の中では、ぐったりしてたと思う。
最後に憶えてるのは、小田原から出ていく電車の窓から見えた箱根の連なり。
夕焼けのオレンジ色だけはハッキリ憶えてる。
あれから現在に至るまで
何回箱根に登ったかもはや憶えてないくらい登った。
多分、最初ので凄く苦しかった以上に楽しかったからだと思う。
本当に苦しいだけなら、二度と行ってない筈だ。
それに、あそこに行くと自分の天井が見えてくる。
さすがに、今軽いロードをもってしても、バリバリに若かったあの頃の体力と比べたら自転車の差があっても勝てそうもない。けれども、行くたびに毎回楽しい。
それに、箱根は緑も多くて、芦ノ湖いけば景色も良く非常にいい所。
今では、箱根行くのに輪行すらしなくなってる程だ(笑
こうして、自転車にハマった。峠にハマった
そして現在に至る─
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